本当に一生に一度きり、
どんなに活躍しても各リーグ1人づつしか選ばれません。
(76年のナ・リーグ、79年のア・リーグは2人選ばれています)
運も強く味方につけなければ・・・。
定義があって、45日間以下の登録日数で
野手なら、130打席以下
投手なら、50イニング以内
というものです。
(前年に一度経験を積ませて、翌年とらせるなんてのもアリです)
●ナショナル・リーグ
打率 | 試 | 打 | 得 | 安 | 二 | 三 | 本 | 点 | 盗 |
.282 | 150 | 638 | 88 | 180 | 23 | 7 | 4 | 47 | 49 |
1960.1.29生まれ カリフォルニア州サクラメント出身
78年ドラフト9位でロサンジェルス・ドジャースに入団。
球団はその才能に惚れ込み、9年間二塁をまもっていたデイビー・ロープスを
アスレチックスへ、さらにその後任予定だったジャック・パーコンテもインディアンスへ
放出してしまいました。
今季はリードオフ(一番打者)として活躍し、
49盗塁をマーク。これは、80年にルディ・ロウがつくった
新人の球団盗塁記録の40を更新するものでした。
パイレーツのジョニー・レイ(162試合、.281)を僅差でかわして
新人王を獲得しました。(63−57でした)
さらにオールスターにも出場して(二塁手部門で僅差の2位)、
甘いマスクとハツラツとしたプレーで
地元ロサンジェルスで一番人気のある選手になりました。
●アメリカン・リーグ
打率 | 試 | 打 | 得 | 安 | 二 | 三 | 本 | 点 | 盗 |
.264 | 160 | 598 | 90 | 158 | 32 | 5 | 28 | 93 | 3 |
1960.8.24生まれ メリーランド州ハバードグラス出身
78年ドラフト2位でボルチモア・オリオールズに入団。
81年のオフに正三塁手のダグ・デシンセをエンジェルスへ放出したため、
その後釜となったのがリプケン。
マイナー時代は三塁手もやっていて、昇格時も三塁と遊撃の併用でした。
名将ウイーバーの「打てる遊撃手に」という進言で後半は遊撃に固定されました。
地元の出身と父が三塁コーチ、さらに優勝争いなどいろんなプレッシャー中
.264、28本塁打、93打点は立派な成績。
本塁打と打点は球団新人記録を塗りかえるものとなりました。
新人王はツインズのケント・ハーベックが本命といわれていましたが、
見事にリプケンが獲得しました。
リプケンには1位票が、24で、2位票が4の合計132ポイント。
対して、ハーベックには、1位票4、2位票23、3位票1で合計90ポイント。
大差でした。(優勝を争った結果かな?)
「打てる大型遊撃手」として大注目です。
メジャーリーグッズ!
←マジェスティック社製 、“鉄人”カル・リプケンの記念ユニフォームです。
A−RODの憧れの選手はリプケン。
大型ショートのさきがけでこの1982年5月30日のブルージェイズ戦から
前人未到の連続試合出場2632。
実働21年間オリオールズ一筋でした。
コレクターアイテムには間違いなし。だからオススメ度 ★★★★★