審判はエライよ (’82年当時のコラムです。)


大リーグの試合を見ていて感心するのは、アンパイア達のハッキリとしたジャッジ。実に
テキパキとしていて試合のリズムをこわさない。ある意味ではペースメーカーの役目さえ
勤めているようだ。

 ひと口にいえば、大リーグの審判員たちは、エリート意識とプライド、確固たるジャッジ
に対する自信をもっている。

 日本と違って、一試合4人制。ナ・リーグは一日6試合で24人。ア・リーグは7試合で
28人。両リーグ合わせて52人の審判員しかいないのだ。ただ、審判員たちの万一の事故
や病気に備えて、予備の審判員が4人ずつ待機している。それでも、60人しかいない。
 全員が審判員組合に加入しており、参加報酬など、待遇改善の要求は、リッチー・フィリップス
顧問弁護士を通じて行われている。

 たとえば、開幕前に妥結した審判員の年棒は、最低保証が1万8千ドル(約480万円) で、
最高が7万5千ドル(約2020万円)と発表されている。平均年棒は5万ドル(約13 00万円)
といわれているから、日本の審判員(平均年棒600万円)の約2倍の収入が あるわけだ。

 日本と違って、アメリカには、ハリー・ウェンデルステット審判学校に代表される審判員
養成学校がある。学校を卒業しても、有望な若手しかマイナー・リーグの審判員にはなれない。
一流の国立大学(アメリカなら一流私大)顔負けの狭き門だ。当然、中にはマイナー生活で
終わってしまう審判員もいることになる。人間的にも、アンパイアリングも一流でなければ
ならない。それでも、大リーグ審判員の欠員がなければ、マイナーから昇格できないわけだ。

スケジュールも大リーガー顔まけで、180日間に162試合の強行軍。体もタフでなければ
つとまらない。日本では「監督、選手の抗議や暴行から身を守るためにプロレスラーあがりの
審判を雇ったら?」といったジョークがあったが、大リーグの審判は不思議と巨漢揃いなのだ。

平均身長、183センチ、体重90キロである。中には、リー・ワイヤー審判員のような身長
198センチ、体重110キロといったプロレスラーもどきのヘビー級審判員もいる。これでは
さすがに血気盛んな大リーガーでも、うかつに手をだせない。      

「退場」の基準も大リーグははるかに厳しい。                
1・審判員に手を触れれば、即刻退場                    
2・判定に不服として暴言を吐いたりスパイクで砂を審判員にかけたら退場
3・アウト、ストライク、ボールの判定の抗議が長引けば退場      
4・「ボーク」に対する抗議はいっさい受けつけない。抗議のためにダッグアウトを
  出ただけで即退場                            
5・三振やアウトを宣告された直後にバットやヘルメットを地面にたたきつけ審判に
  当てつけるような態度をとったら退場                   
といった具合だ。審判に手をだすなどしたら、もうタイヘン。退場の上に、重い
罰金を覚悟しなければならない。                     

退場事件が起きると、関係審判員はリーグ会長に詳細に報告する。その退場事件の
ケースバイケースで、リーグ会長から出場停止、罰金が課せられる。      

最近の退場事件で有名なものは、1980年5月1日のエクスポス対パイレーツ戦で、
パイレーツのビル・マドロック三塁手の暴行。

5回ウラ二死満塁のチャンスに、ゲーリー・クロフォード球審の「振った」という判定で
三振。そこで何もしなければよかったのに、守りにつく時、右手に持ったグラブでクロ
フォード球審の鼻面をこづいたからたまらない。

即退場ーはもちろん、ナ・リーグのC・フィーニィ会長から「15日間の出場停止、
罰金5000ドル(約130万円)を申しわたされている。

”疑わしきは罰せず”という事なかれ主義が日本流なら、”疑わしきは罰する”のが
大リーグ流である。

今シーズン(82年)の8月23日、シアトルのキングドームで行われたマリナーズ対
レッドソックス戦で、マリナーズの超ベテラン、ゲイロード・ペリー投手(43歳)は
7回、デーブ・フィリップス球審から「不正投球のスピット・ボールをまちがいなく
投げたはずだ」として退場をくらった。”スピッターの名人”というだけで、これまで
ただの一度もボロを出さなかったペリーが、フィリップス球審の「疑わしきは罰する」の
被害者(?)になって、大リーグ生活21年目にして、初の退場を経験してしまった。

また、今年(82年)のワールドシリーズ最終戦の6回、(カージナルスの攻撃)
一死三塁でヘンドリックが三塁ゴロを放った。三塁走者L・スミスは本塁突入。
タイミングは完全にアウトだったが、リー・ワイヤー球審、デーブ・フィリップス三塁塁審
は、「ファウル!」コール。これに対し、ブリューワーズのシモンズ捕手は、「フェアだ」
と食い下がったが、抗議もここまで。いさぎよく引き下がった。

これで結局は、ヘンドリックが打ち直し、左前タイムリーを放った。”幸運”といってもいい
ヒットに勢いづいて、カ軍が逆転。世界一をつかむラッキー・イニングになった。

日本では、53年の阪急対ヤクルトの日本シリーズで、阪急・上田監督が大杉の打球を巡って
1時間を越す長時間抗議をしたり、不手際といってもいい”日本式”とは、ずい分と違うものだ。

日本でも、「あの審判とはどうも相性が悪い」という監督がいるように、大リーグにも”相性”
がある。それでも、ユーモアに富んでいるから、日本のように険悪にはならない。
ファンの方もよく知っていて、日本なら一大事になる退場劇も、一種の「ショー」のように
なっているのが、大リーグなのである。