◆ちょっと昔のオールスターコラム


★特別コラム


●オールスターファン投票

1933年に始められたオールスターゲーム。

その提唱者のアーチ・ウォードがまず考えたのが
両リーグのメンバーをファン投票によって選ぶことでした。

とはいっても、今日のように選抜即先発メンバーというものではなく、
とにかく、ファンの眼による選手の選抜を大目的としていたのですが、
投票の範囲は開催都市の周りに限られていました。

第一回のシカゴ、第二回のニューヨークはファン投票で行われましたが、
第三回からは、それぞれのオールスター監督が全選手を選ぶことになりました。

そのまましばらく続きますが、戦争による中止(1945年)などを乗り越えます。

戦争が終結すると共にアメリカ全土に、空前のベースボールブームがまき起こり
各地で球場に足を運ぶファンが増えました。

そこで、1947年から再びファン投票が復活することになります。

ここから、投手を除く8人の当選者をそのまま先発メンバーとすることになりました。
そして、投票の範囲も次第に広がっていきました。

こうして順調にいくかと思われた、投票の復活から
11年目の1957年に「大事件」が起こりました。

さて、その「大事件」とは?

1957年は、セントルイスのブッシュ・メモリアル・スタジアムでの開催でした。

その締め切り直前に20万票を超えるハガキが殺到したのです。
しかも、その全てにシンシナティ・レッズの選手ばかり書き込んであったのです。

結果、ナショナル・リーグの先発メンバーは、一塁手のスタン・ミュージアルを除いて
全てレッズの選手になってしまいました。(いわゆる組織票ってやつ)

これに激怒したのが、当時のフォード・フリック・コミッショナーで
「けしからん。ウィリー・メイズとハンク・アーロンを先発で出せ!!」
と異例のコミッショナー指令が出ました。

あとで、ナ・リーグのウォルター・オルストン監督が監督推薦を選ぶ時に
メイズとアーロンに代わられた選手のうち、ガス・ベルは選ばれたが、
もう一人のウォーリー・ポストは外された。
ちなみに、ベルとは、現フィリーズのデビットの祖父でありますよ。

この事件をきっかけにして、ファン投票の見直しをしよう、
ということとなり、翌1958年からは廃止になってしまいました。

代わりに各球団の監督、コーチ、選手による互選になりました。
ただし、自チームの選手には投票しないというルールがつけられました。
この方法は1969年まで続けられます。

この1969年に新しくコミッショナーに就任したのが、

彼は真っ先にオールスターのファン投票の復活を提唱しました。

ちょうど1970年、コンピューター導入により、
コンピューター用紙に両リーグの投手を除く
8ポジションを6人ずつの名前入りのものを作成して
それぞれの名前の上に穴を開ければいいという簡単なものになりました。

もし、名前の入っていない新人を入れたい場合は、
用紙の一番下の書き込み欄に名前を書き、その上に穴を開ける
“ライトイン”が採用されました。

現在では、この方式に加えて、インターネットでもとうひょうが可能になり
世界各国から票が集まります。

日本語のページもあり、さらに投票しやすくなりました。

今年は第75回を迎えたオールスターゲーム。
さて、どんな「真夏の古典劇」が見られますか。

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◆ちょっと昔のオールスターコラム その二

★特別コラム

●スーパースターが集まるなかで「4番」は大変名誉のある打順ではないでしょうか。

ちょっと昔でいえば、第一回の4番はルー・ゲーリック(ヤンキース)。
ベーブ・ルースはゲーリックの前の3番。

翌年も同じ打順でルースは「4番」に入らないまま引退してしまいました。

ミッキー・マントルが8試合で24打数5安打(2本塁打)
ジョニー・マイズが5試合で15打数4安打(1本塁打)
ウイリー・メイズも5試合で18打数4安打(0本塁打)と冴えない(?)成績。

しかし、メイズは1番が8、2番が1、3番が4、代打3、
途中出場3と最多24試合に出場しています。

特に、1番で60年の2試合で連続3安打、

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●意外な伏兵が一発を放つのもオールスターならではです。

42年のミッキー・オーエンは公式戦133試合で0本ながら、代打で一発。

42年のルー・ブードロー、51年のジョージ・ケルはシーズン2本ながら本塁打を放っています。

38年にはこんな「珍プレー」もありました。
8回にレオ・ドローチャーが3塁前に送りバント。
それを捕ったジミー・フォックスが1塁へ大悪投して
カバーしたジョー・ディマジオも本塁へまたまた大悪投。
一気にドローチャーまで生還したなんて草野球なみのプレーもあります。

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●オールスター史上唯一の殿堂入り選手が先発メンバーに並んだのが
1934年のアメリカン・リーグです。

二 チャーリー・ゲリンジャー
左 ヘイニー・マヌッシュ
右 ベーブ・ルース
一 ルー・ゲーリック
三 ジミー・フォックス
中 アル・シモンズ
遊 ジョー・クローニン
捕 ビル・ディッキー
投 レフティー・ゴーメッツ

当然(?)のごとく9対7で勝利しています。

● 今年は第75回を迎えたオールスターゲーム。
さて、どんな「真夏の古典劇」が見られますか。