今日の「ちょっと昔のMLB」日記

mlb.comより管理人が勝手に翻訳!
誤訳の嵐か??さて、どんなもんでしょうか?


すいません!7日分です!

1977年6月15日

ニューヨーク・メッツは、シンシナチ・レッズのパット・ザクリー投手、
内野手ダグ・フリン、外野手スティーブ・ヘンダーソン、ダン・ノーマンと
フランチャイズ投手、トム・シーバーをトレードします。
「脅威のトム」は、全盛期を過ぎたからという理由からでしたが、
まだシーバーは、レッズで5シーズン半で75勝をあげ、
1978年にはノーヒッターを成し遂げるだけの力がありました。

トム・シーバー

★プチトリビア

確かに、トレードされる前年は14勝11敗と、らしくない成績でした。
移籍した77年は、2チーム合計で21勝6敗と復活。
92年の殿堂入りは、史上最高得票率98.8%。
開幕投手16回は、歴代最多という「脅威のトム」でした。

1978年6月14日

シンシナチのピート・ローズは、シカゴ・カブス戦で
3−1の勝利において、2安打を放ちました。
ローズは、続く43試合に1安打以上を記録し、
大リーグ史上第二位となる連続試合安打でウィリー・キーラーと並びます。
彼は、ジョー・ディマジオの記録に挑みましたが、
8月1日にアトランタ・ブレーブスのラリー・マクウィリアムスと
ジーン・ガーバーが彼をストップさせました。

ピート・ローズ

★プチトリビア

この44試合連続安打は、ナ・リーグ記録ですが、
スイッチヒッターとしては、歴代1位です。
しかし、大リーグでは色々な細かい記録を残していて
左打者だと、ナ・リーグがキーラー、ア・リーグはジョージ・シスラーになります。

1948年6月13日

ニューヨーク・ヤンキースは、ヤンキー・スタジアムの25周年
セレモニーで引退したベイブ・ルースのNO.3のジャージーを
記念にします。
ルースは、古くからの強打パートナーのルー・ゲーリックに次いで
ヤンキースで二人目の永久欠番となりました。

ベイブ・ルース

★プチトリビア

1939年にゲーリックがヤンキース初というより、大リーグ史上初の
永久欠番となり、ルースはヤンキースと大リーグ史上で二人目の欠番でした。

1939年6月12日

偉大な大リーグ・プレーヤーたちが、
ニューヨークのクーパースタウンの野球殿堂に集まります。
タイ・カッブ、ベイブ・ルース、ホーナス・ワグナー、ウォルター・ジョンソン
そして、故クリスティー・マシューソンは、殿堂入り最初のメンバーです。
生存しているメンバーのサイ・ヤング、エディー・コリンズ、コニー・マック
グローバー・クリーブランド・アレキサンダー、トリス・スピーカー、
ナポレオン・ラジョイ、ジョージ・シスラーは、プラーク(額)を受け取りました。



★プチトリビア

第一回の殿堂入りは、1936年の5人。
最多得票は、予想を覆してタイ・カッブでした。
誰もが1位と思っていたルースは2位となりました。
(「大好き!!MLB2」では、Hall of Fameもあります!)

1938年6月11日

シンシナチ・レッズのジョニー・バンダー・ミーアが
連続ノーヒッターの最初の投手になります。
バンダー・ミーアは、ボストン・ビーズに4奪三振、3四球で
3−0で勝ち、4日後、ブルックリン・ドジャースに6−0で
勝利しました。
彼は、今でも大リーグ史上で2試合連続ノーヒッターをした
唯一の投手です。

ジョニー・バンダー・ミーア

★プチトリビア

ボストン・ビーズは、今のアトランタ・ブレーブスの前身です。
左腕のバンダー・ミーアは、コントロールに難があった投手でしたが
この年は、15勝、125奪三振(3位9、被打率.213(1位)と
花開いたかと思いきや続く2年間は故障でふるいませんでした。

1944年6月10日

シンシナチ・レッズの15歳のジョー・ナックスホールが
大リーグ史上で最も若い選手としてセントルイス・カージナルス
戦の9回に登板します。
若いナックスホールは、激しく苦闘し、5四球と2安打を許し
ビル・マッケクニー監督は、彼を降板させました。

ジョー・ナックスホール

★プチトリビア

詳しくいうと、15歳と10ヶ月11日で史上最年少です。
その後はマイナーで7年間を過ごすが、52年に再昇格。
54年から58年まで連続2ケタ勝利をあげた。
16年間で通算135勝だったが、15本塁打した打力もありました。

1914年6月9日

現代の大リーグ史上初の3000本安打の達成者である
キャップ・アンソンがマイルストンに到達してから20年後、
ピッツバーグ・パイレーツのホーナス・ワグナーが2番目に
この記録に到達します。
栄誉殿堂入りの遊撃手は1917年に引退するまでに
415本を上乗せしました。

ホーナス・ワグナー

★プチトリビア

アンソンが大リーグデビューしたのが1876年。
以降,1897年までシカゴ・ホワイトソックス一筋でプレー。
1879年からは監督も兼任する19世紀の大リーグにおいて
最大の功労者といわれています。

◆今日の気になった出来事

ニューヨーク・メッツの千賀滉大投手が6月12日(日本時間13日)、
本拠地でのワシントン・ナショナルズ戦に先発登板。
5回2/3を1安打無失点、5奪三振1四球の好投で7勝目を挙げたが、
6回に一塁ベースカバーに入った際に右太もも裏を負傷し、緊急降板を余儀なくされた。
試合後、カルロス・メンドーサ監督から故障者リスト(IL)入りすることが明かされた。

複数の米メディアの報道によると、千賀は現地13日にMRI検査を受ける予定とのこと。

32歳の右腕は今季リーグトップの防御率1.59をマークするなど、好調だっただけに、
無念のアクシデントにファンもショック。ネット上には悲痛な声が広がっている。

★今日のオススメ!


【公式グッズ】MLB ブレーブス ハンク・アーロン ユニフォーム Nike ナイキ メンズ ホワイト (MLB Nike Men's Official Cooperstown Player Jersey)
世界のホームラ王!ハンク・アーロンの復刻ジャージになります!
オススメ度★★★★★(Nike!)

すいません!2日分です!

1950年6月8日

おそらく大リーグ史上で最も点差のついた試合であろう
ボストン・レッドソックスが29−4でセントルイス・ブラウンスを
破る試合がありました。
ボビー・ドーアが3本塁打で8打点、テッド・ウィリアムスと
ウォルト・ドロッポが2本塁打づつで続きました。
レッドソックスは、28安打して記録的な58塁打しました。

ボビー・ドーア

★プチトリビア

この29得点は、今でもア・リーグ記録です。
ちなみに大リーグ記録は、1897年6月29日のシカゴ・カブス対
ルイビル・カーネルズ戦で36対7という記録があります。

1973年6月7日

テキサス・レンジャースは、アマチュア・ドラフトで
高校生投手のデビッド・クラウドを全米1位で指名します。
クラウドは大きくなれませんでしたが、将来に3000本安打
クラブ入りする二人がいました。
ロビン・ヨーントとデイブ・ウィンフィールドで、それぞれ3位、4位指名で
ミルウォーキー・ブリューワーズとサンディエゴ・パドレスに指名されました。

ロビン・ヨーント デイブ・ウィンフィールド

★プチトリビア

後は、6位にSFのジョニー・レマスター、
8位にMONのゲーリー・レニキー、14位にNYMのリー・マジリー
くらいが大リーグでそこそこ活躍したぐらいで、ほとんどが消えていますね。
ドラフトの難しさが分かるような気がします。(生意気?)

◆今日の気になった出来事

ドジャースの山本由伸は、日本時間8日午前3時すぎに始まったカージナルス戦に先発した。

1回、ヌートバーとの初対決は、スプリットで空振り三振。
2回には二死満塁のピンチも、またスプリットでヌートバーを空振り三振に仕留めた。

その後も山本の奪三振ショーは止まらず、6回を9奪三振無失点。
しかし援護に恵まれず、好投むなしく7勝目はおあずけに。

ドジャースは1点を追う9回、大谷の第5打席、打球がベースに当たって軌道がかわるラッキーヒットで出塁。
その後3塁へと進んだ大谷は、バッテリーエラーの間に生還し同点。

しかしそのウラ、カスペリアスが自らの悪送球もあり、代打アレナードにサヨナラのレフト前ヒットを打たれ、
ドジャースはで2連敗となった。

★今日のオススメ!


MLB カレンダー 2025年版 エリート Elite Wall Calendar Turner
現地ファンの気分が味わえる、アメリカ直輸入の2025年英語版カレンダー。
好きな写真をポスターとして飾るのもおすすめ!
オススメ度★★★★★(! )

すいません!4日分です!

1921年6月6日

ニューヨーク・ヤンキースのスラッガー、ベーブ・ルースは、
前年にフィリーズの外野手、ギャビー・クラバスによって
作られた記録を破る、120本目の本塁打を放ちます。
バンビーノは、そのシーズンに59本塁打し、この後53年間
彼の記録を破るものは出てきませんでした。

ベーブ・ルース

★プチトリビア

まず、ルースはシーズン59本塁打を27年に60本で自ら更新。
61年にロジャー・マリスが61本を打って、ついにルースを抜いた。
そして、1974年にハンク・アーロンが715本目を放ちました。

1937年6月5日

セントルイス・カージナルスは、初めての交渉で
16歳のスタン・ミュージアルと契約します。
ミュージアルは、最初、投手として契約しますが
カージナルスは外野手兼一塁手に転向させます。
セントルイスでの22年間のキャリアで「スタン・ザ・マン」は、
通算で打率.331、475本塁打、1951打点を記録しました。

スタン・ミュージアル

★プチトリビア

首位打者7回、最多安打6回、打点王2回、得点王5回
最高出塁率6回、オールスター20回そしてMVP3回と
輝かしい様々な記録を残し、1969年に殿堂入りしました。

1990年6月4日

アトランタ・ブレーブスは、アマチュア・ドラフトで
フロリダ高校の遊撃手のチパー・ジョーンズをNO.1で指名します。
続いてデトロイト・タイガースがトニー・クラークを、そして
フィラデルフィア・フィリーズがマイク・リバーサルをNO.3で指名しました。
その他としては、マイク・ムシーナ、トロイ・パーシバル、アンディ・ペティット
そしてホーヘイ・ポサダが指名されました。

チパー・ジョーンズ

★プチトリビア

ジョーンズが全米1位、クラークが2位、リバーサルが3位で指名された。
全米でNO.1というのは、プレッシャーがすごいでしょうね。
なかなか芽が出ず、消えていく人たちも多いのです。

1932年6月3日

ヤンキースのルー・ゲーリックが1試合で4本塁打よりも
ニューヨーク・ジャイアンツの監督、ジョン・マグローの引退が
新聞の見出しを大きく飾ります。
彼は20世紀初頭のユニークなキャラクターの一人で、
「リトル・ナポレオン」は、ジャイアンツを3度のワールドチャンピオンに
導き、34年間の監督キャリアで2763勝を上げました。

ジョン・マグロー

★プチトリビア

マグローが監督になったのが1899年のボルチモア・オリオールズ。
1901年に新設のアメリカン・リーグで再びオリオールズで指揮をとるが
リーグ会長のバン・ジョンソンと衝突してニューヨーク・ジャイアンツへ。
ここから1932年まで同一チームで31年間の長期政権をつとめました。

◆今日の気になった出来事

ドジャースの大谷翔平がメッツ戦に「1番・DH」で出場し、4打数2安打1得点で、チームの勝利に貢献した。
5月24日の前回対戦で4打数3三振を喫した変則左腕ピーターソンと対戦。
一回は空振り三振に倒れたが、三回1死一塁では中前打をマーク。
その後、スミスの左前2点打で生還し、メジャー単独トップを独走する65得点目を挙げた。
五回1死の第3打席で右前打を放った。

ドジャースは序盤に4点を先制される苦しい展開だったが、3―5の八回に3得点し、逆転に成功。
4―4の八回2死一、二塁で不振にあえぐコンフォートが値千金の決勝適時打を放った。
ロバーツ監督は「彼が決勝打を放ってチームメートも歓喜していた。彼自身もサポートを感じていたと思う。
これで遠征先でも少し自信をもって打席に立てると思う。願わくばこれが転機となってほしい」と笑顔で話した。

コンフォートはオフに1年1700万ドル(約25億5000万円)で契約。
しかし、今季は極度の不振で打率・165、3本塁打、9打点。直近21打席無安打で、得点圏打率は1割に満たなかった。
不振脱却に兆しを示した通算170本塁打を誇るコンフォートに指揮官は「彼はずっと努力をしてきた。
左方向への強い打球はしばらく見ていなかった。いい兆しだと思う。明日以降にまた自信が表れてくれるといい」
と復調に期待した。

◎ダイヤモンドバックスが勝利確率0.1%の土壇場から蘇り、大逆転でブレーブスを下した。

ダイヤモンドバックスは9回表の時点で4対10と6点のビハインドを抱える劣勢。
しかし、ルルデス・グリエルJr.やアレック・トーマスら下位打線の本塁打でコツコツと
ビハインドを削ると、上位打線が3本のタイムリーを集めて7得点のビッグイニングにつなげ、
試合をひっくり返した。
ブレーブスは8回から登板したスコット・ブルエットが誤算。
急遽リリーフした守護神ライセル・イグレシアスが5敗目(3勝)を喫している。
また、ブルエットは試合直後にDFAとなった。

★今日のオススメ!


MLB カレンダー 2025年版 エリート Elite Wall Calendar Turner
現地ファンの気分が味わえる、アメリカ直輸入の2025年英語版カレンダー。
好きな写真をポスターとして飾るのもおすすめ!
オススメ度★★★★★(! )

すいません!2日分です!

1925年6月2日

ニューヨーク・ヤンキースの一塁手、ウォーリー・ピップは、
ワシントン・セネタース戦に頭痛の為に試合から外すように
頼みます。
ヤンキースは21歳のルー・ゲーリックを彼の位置で先発させ、
若い強打者は、5打数3安打してチームを8−5の勝利に導きます。
ゲーリックは、ここから2128試合にラインアップから外れることなく
そして、ピップはシーズン終了後にシンシナチにトレードされました。

ルー・ゲーリック

★プチトリビア

連続試合出場が始まったのが、この年の5月31日。
39年5月2日まで2130試合に出つづけた「アイアン・ホース」は、
球史に残る引退セレモニーを行いました。

1975年6月1日

カリフォルニア・エンジェルスのノーラン・ライアンは、
サンディー・コーファックスが持つ大リーグ記録と並ぶ
4度目のノーヒッターを達成します。
1−0でボルチモア・オリオールズを封じ、自身100勝目。
ファイアボール右腕は、コーファックスの記録を破り、
前代未聞の7度のノーヒッターを記録しました。

ノーラン・ライアン

★プチトリビア

73年の5月15日が1度目のノーヒッター、同年7月15日に2度目。
74年9月28日に3度目、75年6月1日が4度目、81年9月26日が5度目、
90年6月11日に6度目、91年5月1日に7度目を達成。
7度目が44歳4ヶ月で史上最年長の記録です。

◆今日の気になった出来事

ドジャースの山本由伸投手が先発し、12試合目で今季最短となる
3イニング3分の2で4失点で4敗目(6勝)を喫した。
序盤から普段の安定感がなく、96球を投げて被安打7、奪三振2も今季ワーストだった。

4回を投げきれなかった山本は、ベンチに座るとガックリとうなだれた。
ゲームをつくれなかった悔しさが込み上げる。
ロバーツ監督が来ると、山本は胸をパンパンとたたき、申し訳なさを表した。
ロバーツ監督は山本にハグをしてねぎらった。「最後まで立ち直れず、
交代になってしまって悔しい気持ち」と吐露した。

ヤンキース相手に、慎重さが裏目に出たか。
コーナーを突くあまり、ストライクゾーンで攻めることができず、四球で傷口を広げた。
1回は安打と四球で一、二塁のピンチを招き、ドミンゲスに左前適時打を献上。
3回は先頭のジャッジに四球を出した後、4番ライスに2ランを被弾した。

山本を支える魔球スプリットの出来も良くなかった。
空振りは27球投げてわずか3つ。3回の4失点目はスプリットが引っかかっての暴投だった。
今季ここまで見事に操っていたボールの精度が落ちた。
「スプリットだけでなく、他の球種も全体的にコントロールできなかった」。
メジャー屈指の制球力が乱れた。

開幕から先発ローテーションの柱として奮闘してきた。
5月からは中5日で回り、今回で5登板連続中5日。疲れもたまる時期だ。
「試合前のブルペンでも良かったし、小さなずれです」。
今季最短KOとなったが、修正能力は持ち味の一つ。次回登板にはまた仕上げてくるはずだ。

★今日のオススメ!


MLB アーロン・ジャッジ ヤンキース フォトフレーム 12 x 15 2024 ア・リーグMVP受賞記念 Award Sublimated Plaque Fanatics Authentic

今季も健在!!アーロン・ジャッジ!!
ススメ度★★★★★( Fanatics Authentic!)